京浜東北線の大判の沿線広告に私は感動した。カネが足りなくて困っている人の表情が1人1人浮かぶ。その人達はこのキャッチフレーズをどう読むだろうか。苦々しく笑いながら「それもそうだな」と質屋の門をくぐるだろう。
「おっかさん、50銭無いか」10代後半の私の父・昌夫。昭和の初めの話である。「無いよ」と言いながら50前の祖母・トシは箪笥を開けて着物を風呂敷で包みだした。祖父は46で病死、母子で借り間住まいの長い2人だった。都立駒込病院の雑役婦をしていたトシの質屋通いは普通のことだった。
昌夫はその時遊ぶための小遣いが欲しかっただけで、慌ててトシの質屋行きを押し止めた。金には大雑把なところがある母子であった。
こんな昔話を聞かされてきただけに「近くの質屋」は私にとって決して他人の商売ではなかった。
いつの時代でも小口金融の商売は盛んだ。サラ金、闇金、買取商売。今は「こんなものを買い集めて儲かるのか」と思うようなものまで買ってくれる。お金を融通してくれて3ヵ月は取った質草を保管してくれる古典的質屋などは地味で安心できる。